【怪しげな風貌で親しみを集めたソクラテス】天才? 変人?あの哲学者はどんな「日常」を送ったのか。 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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【怪しげな風貌で親しみを集めたソクラテス】天才? 変人?あの哲学者はどんな「日常」を送ったのか。

ソクラテス〈上〉生い立ちから哲学の始まり

「ソクラテス以上の賢者はいない」神託にソクラテスは

 青年となったソクラテスは、父と同じように石工をしていた。パルテノン神殿にある女神像の中にソクラテスが彫った像があるという言い伝えもある。その頃から議論好きで、法律について議論したり弁論家を鼻であしらってとぼけている男が石工の中にいたという証言があるほどだ。

 

 20代の頃のソクラテスは自然について関心を持ち、現代でいえば自然科学のような学問に熱中していた。ちょうどその時期、アナクサゴラスが書いた書物を読み大きな影響を受ける。アナクサゴラスとは、第一回で扱った哲学者タレスも住んでいた哲学の発祥地イオニアから、エーゲ海を渡りアテネに移住した哲学者である。彼は、タレスと同じように宇宙について思索し、万物の根源を無数の小さなものに秩序を与える「ヌース(知性)」だと主張した。

 ソクラテスはアナクサゴラスの書物から、物事に「原因」があることを学び、その原因を突き止めることが大事だと学んだ。しかし、アナクサゴラスの書物は必ずしも「ヌース」を第一の原因として全てが説明されていたわけではなく、やがてソクラテスはアナクサゴラスに幻滅し、自分なりの「哲学」を行っていこうとする決意が生まれた。

 ソクラテスを「哲学」へ向かわせた大きなきっかけはもう一つある。ある時、カイレフォンというソクラテスの友人がデルフォイの神殿へ行き、巫女から神託を聞いてきた。それは「ソクラテス以上の賢者はいない」という神託である。つまり、この世で最も賢い者はソクラテスだという神の言葉が下されたのだ。
 その話を聞いたソクラテスは驚き、戸惑った。自分が賢い人間ではないことは自覚しているのに、神は何故そのような言葉を下したのだろうかと。そこで彼は神の言葉の意図を知るために、当時のギリシア世界で賢者とされている人たちに直接会って議論をして、本当に自分より賢い者がいないのかどうかを確かめることにした。

 実際に賢者として知られていた人と会い、話してみてわかったのは、ソクラテスにも対話相手にも同じように知らないことやわからないことがあったにも関わらず、賢者とされている相手は何も知らないのに何かを知っていると思い込んでいる一方で、ソクラテスは何も知らないことを自覚していたということである。
 そこでソクラテスは、自分には「知らないことがあると知っている」点で相手よりも賢いと気付いた。 
 他にもたくさんの人と議論を続け、毎回同じことに気付かされるうちに、神託の意味を信じるようになっていった。これがソクラテスの「無知の知」である。

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大賀 祐樹

おおが ゆうき

1980年生まれ。博士(学術)。専門は思想史。

著書に『リチャード・ローティ 1931-2007 リベラル・アイロニストの思想』(藤原書店)、『希望の思想 プラグマティズム入門』 (筑摩選書) がある。


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